わたしは演劇部で部長をやっていたのですが、その部長の仕事と過去の傷とが衝突してわたしを困らせたことがありました。それは「連絡できない」ということでした。
部長なので連絡事項などを他の部員に知らせる務めがありました。しかしわたしは自分のクラスには入れるのですが、他の教室には入れませんでした。教室のドアを開けた瞬間、教室にいる人たちがわたしの方を見る、その視線が恐ろしいのです。「何だ、こいつ、虫けら、クズ」と言われるんじゃないかと思ってしまって、恐ろしくて入れないのです。もちろんわたしが入ってきたからといって、いきなりそんなこと言われるはずはないということは分かっているのですが、体がそう思ってしまうのです。どうしても恐ろしくて教室に入ることができないのです。過去に受けた傷が、つまり恐怖心というものがこういうところに出てきてしまったのです。仕方ないのでわたしは休み時間の間中、その教室のわきに立って部員が偶然外に出てくるのを待っていました。うまく出てきてくれた場合はよいのですが、結局伝えることができずじまいのこともありました。そうすると加藤君や白井君なんかに怒られるのですが、わたしは本当のことは言えず、すっかり忘れてた、とか言って笑ってごまかしていたのでした。それで下村は部長の仕事をちゃんとやらないと言われたりすることもあったのでした。