11. 新しい仲間との出会い

いじめトラウマを生き抜く方法

過去のいじめで苦しんでいる(いじめ後遺症の)あなたへ。いじめ後遺症うつ病者本人が、自身の、いじめ体験・いじめトラウマ体験・うつ病闘病体験について語ります。いかにトラウマを生き抜くかを考えます。いじめ自助グループ、トラウマ無料スカイプ相談など。

11. 新しい仲間との出会い

前回は、戸山高校演劇部について紹介しましたが、これから、わたしがこの演劇部とどう対していったかについて書きたいと思います。つまり、わたしにとって芝居作りは非常に楽しいものでしたが、もちろん芝居作りはわたしの一番の目標ではありませんでした。この芝居を通して、もう一度人間に対する信頼を取り戻したいというのが、わたしの一番の願いでした。

 

はじめ、1年生の部員は、わたしも含め3人でした。ところが戸山祭(9月)が終わった時点で、新たに3人部員が増えました。これによって男子3女子3となりました。それと同時に、そのころ新しい役員を決める時期になっていました。新しく入ってきた人たちはまだ何も知らないので、はじめにいた3人の中から部長、副部長、会計を決めねばなりませんでした。しかし、そのうち男子はわたし1人だけだったので、ほとんど自動的にわたしが部長となってしまいました(当時はまだ部長は男子がやるという雰囲気がありました)。さて、役員も決まりもう1月公演の準備を始めなければならなかったのですが、1月公演は1年生公演ということで、初めて1年生だけでやる公演でした。この1月公演に新メンバーも含めて6人で臨むことになりました。こうして、この1月公演から3年生4月の引退公演まで、非常に密度の高い部活生活が始まりました。

 

これからわたしの内面において何が起こっていたかということを書きたいと思います。

 

まず初め、新メンバーが入ってきたことですが、これは演劇部としてやってゆくには非常に喜ばしいことだったのですが、今まで男子のいなかった所に男子が2人も入ってくることは、わたしにとって同時に脅威でした。人間に対する恐怖は男も女も区別はなかったのですが、やはりどちらかというと男子により恐怖を覚えました。またバカにされるのではないだろうか、踏みにじられるのではないだろうか、という不安にかられました。そのうち1人は初めからいた女子の友達だということだったのですが、一体どんな人なのだろうかと人知れずおびえました。

 

はじめに会ったのは白井君でした。

1月公演のミーティングをやることになっていたので、放課後、教室でわたしはみんなが来るのを待っていました。そのときはだれもいませんでした。今日新しい彼が来るということだったので、わたしはドキドキしていました。そこへガラッとドアが開いて小柄のはっきりした顔立ちの男子が入ってきました。彼は、わたしの顔を見て、「やあ」といいながら笑顔をしてくれました。彼はわたしのことを戸山祭の公演で見て知っていたのです。彼は非常に気さくで優しい感じの人でした。そこでわたしはホッとしました。しかし、次に彼と何を話していいのか戸惑いました。が、それも心配に及びませんでした。彼はおしゃべりだったのです。わたしが自閉的であることはほとんど気にならないようでした。だから、わたしは黙っていても全然辛くありませんでした。彼は戸山祭の公演を見て非常にわたしに好意をもっていたらしく(※)、それがわたしにも伝わってきたので、わたしとしては内心ドギマギしていたのですが、すぐに親しくなることができました。どうやら彼は人をバカにしたり、いじめたりするような人ではないようでした。わたしは本当にホッとしました。

 

(※)実はわたしはこの戸山祭の演劇部公演で、主役をやっていて舞台の上では大活躍でした。

 

次に出会ったのは加藤君でした。

彼は白井君と同じクラスでした。白井君が引っ張ってきたのです。加藤君と初めて会ったのは、もう1月公演の立ち稽古が始まっていた時でした。教室で立ち稽古をしていた時、彼はやって来ました。わたしはドキドキしました。稽古をしながら、前で台本を読んでいる加藤君をチラチラ見ました。一見して彼の眼は鋭く頭がいかにも切れそうな感じの人でした。わたしは過去の辛い経験から、頭のいい人、頭のよさそうな人を見るとおびえてしまうようになってしまっていたので、彼にもやはり恐怖を感じました。その上、彼は白井君と違って、そんなにしゃべるほう(しゃべりだすとすごいのですが)ではなかったので、初めのうちは彼と二人だけでいると沈黙してしまって苦しかったです。ほとんどしゃべらないわたしのことを彼は、こいつはバカなんじゃないか、などと思われているのではないかと思うと苦しく思いました。だから初めのほうの印象では加藤君のほうにより不安を感じていました。

 

しかし、この不安も幸いなことにすぐに無くなりました。彼も白井君と同様、人をいじめたり人を踏みにじったりする人ではないということが分かったからです。加藤君は戸山祭は見ていなかったのですが、白井君から話を聞いていたらしく、実際話してみると非常にわたしに対して好意的でした。きっかけはやはり芝居の話でした。わたしは芝居の話だけはかなり前向きに自分の意見を言うことができました。加藤君はわたしの話を尊重して聞いてくれました。彼もまた稽古を見ていて感じたことを率直に話してくれました。わたしは夢中になって彼と話しながら、彼もまた親しみやすい好青年であることを知りました。何よりうれしかったのはある稽古の時、わたしがバカみたいな演技(コミカルな演技)をやっていたのを見て、加藤君が笑ってくれたことでした。わたしは内心やる前、こんなくだらないことをやったら、加藤君に軽蔑されるのではないだろうか、と思っていたのですが、加藤君は笑ってくれました。こんなわたしでも好意的に見てくれる彼を知ってわたしはそれから加藤君のことも好きになれました。

 

こうして白井君と加藤君との付き合いが始まりました。わたしが最も恩恵を受けたのは演劇というものそのものでしたが、具体的に恩恵というか影響を受けたのは、この白井君と加藤君でした。演劇から受けた恩恵は後で述べることにして、ここでは、この2人からの影響(恩恵)について書いてみたいと思います。

 

実際、彼らから受けた影響はわたしにとって測り知れないものでした。彼らは非常に優秀な高校生でした。ここでいう「優秀」の意味は、頭がよくしかも性格がよいということです。わたしは中3の時、学年で1番頭のよかった人から、お前は頭の悪いクズだといじめ抜かれていたので、頭のよい人に対して極端な劣等感をもっていました。頭が悪いというだけで自分のことをクズだと思っていたのです。同時に頭のよい人は、頭の悪い人間をバカにするのは当然であるというようなあきらめにも似たような考えがわたしを支配していました。 しかし、それは彼らと付き合うことによって、誤解であることが分かりました。

 

彼らは実際、高校受験では第一志望に入れませんでしたが、それでもかなり頭のよい部類に入る人たちでした。特に物事を論理的に考え、なおかつそれを表現する能力においては、本当に感心させられました。それが正しいことかどうかと、筋が通っているかどうかということは違う次元の話ですが、彼らは筋を通すことにはたけていました。また、思考力だけでなく知識も広く、政治・経済・歴史などかなり多くのことを知っており、それについて意見する余裕も持っていました。しかし、それだけではなく、彼らは性格も非常によい人たちでした。性格がよいというのはどういうことなのかというと、彼らに即して言えば、思いやりがあり、よく気がつくということだと思います。芝居作りなどやっていると必然的に意見に食い違いなどが出てきます。しばしばぶつかることもありました。つい熱くなって感情的になってしまうこともありました(後で書くように、わたしが感情的になれるのは芝居の時だけです)。しかし、そんな時でも相手(わたし)を侮辱したり、その場を投げ出したりすることは一回もありませんでした。どんな時でも相手の立場を尊重し、論理的に説得するように努めるのです。これには本当に感心しました。常に相手の立場を尊重することを彼らは忘れませんでした。また、彼らはよく気が付きました。頭がよいだけにより一層人に気を遣うことができるのです。相手の立場にたってものを考えてあげる能力を彼らは身につけていたように思います。実際彼らはこのようでしたから、わたしは本当に素晴らしいと思いました。頭がよくて性格がいいなんて、なんて素晴らしい人たちなのだろうと思いました。約2年間の演劇部生活でしたが、彼らのおかげでやっぱり人間捨てたものではないと思えるようになれました。人間に対する不信感をかなり解消することができました。もちろん彼らにも短所はありました。しかし、わたしには彼らの長所が断然輝いて見えたのです。

 

そして、わたしが何よりうれしかったのは、彼らがわたしを人間として尊重してくれたことです。わたしはかつて頭のよい傲慢な人から、非人間的な扱いを受けました。虫けら扱いされました。だから、彼らが演劇部で、芝居作りの中でこんな頭の悪いわたしでも「対等に」扱ってくれたことは、本当に有り難いことでした。ある人は、そんなことは当然のことだというかも知れませんが、当時のわたしにとっては本当にうれしいことだったのです。

 

しかし、彼らはわたしにとって喜びを与えてくれる存在であると同時に、苦しみを与える存在でもありました。ミーティングなどをしていて、芝居の話をしているうちはよいのですが、話が政治や経済、世界情勢などになると、わたしはさっぱり分かりませんでした。わたしはもともと頭などよくなく、受験に必要な勉強しかしてこなかったので、彼らと比べると圧倒的に知識量が少ないのでした。だから、芝居以外の話になると、彼らについて行けないことがよくありました。するとわたしの心の中にある暗い部分がムクムクと大きくなり、それが劣等感となってわたしを苦しめるようになるのです。「

あ~、さっぱり彼らの言っていることが分からない、ついて行けない、やっぱりダメだ、オレは頭が悪い、オレはバカだ、ダメ人間だ、彼らにそのうち軽蔑される」

、 とわたしは劣等感と恐怖心のとりことなってしまうのでした。急激にわたしの心は落ち込みました。そうしてしばらく、立ち直れませんでした(既にこのころうつ病の兆候が現われていました)。

 

しかし、わたしを元気にさせてくれたのも彼らでした。彼らと、特に白井君と稽古をしている時は、本当に面白かったです。ぶつかることもたくさんありましたが、一緒にやっていて本当に楽しかったです。どう楽しいかというと、とにかく面白いのです。芝居の稽古といえばカッコいいですが、つまりはバカのしあいっこなのです。白井君とくだらないことを言ったりやったりして大爆笑ということも多々ありました。そういう時は本当に生きる元気が湧いてくるのでした。本当にうれしかったです。

 

わたしは高校時代ずっと恐怖心と人間不信と劣等感に苦しめられましたが、そういう苦しい時に自分と一緒に過ごしてくれた人、一緒に笑ってくれた人というのは、本当に有り難く、本当にいとおしく、本当に大切な存在なのでした。

 

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