それは、わたしが中学3年の6月のある日、突然やってきました。昼休みのことです。
わたしが学校の図書館にいると、「彼」(いじめ加害者)はわたしのところにやってきて、わたしをののしるようなことを言い始めました。そのとき「彼」は異様に厳しい目をしていました。そして、わたしを見るその視線はいかにも卑しく醜いものをみる、見下すようなものでした。わたしははじめはふざけているのだろうとおもいました。しかし、そうではないということは、すぐにわかりました。「彼」に悪意に満ちた目でにらみつけられたとき、わたしはすこしづつ震えてきました。「彼」はわたしの学らんに上履きの底をくっつけて、押さえつけるようにしてわたしの学らんを足跡だらけにしました。「なんだよ、やめてよ」とわたしは言いました。しかし、「彼」の表情は変わりませんでした。わたしに対する憎悪と侮蔑の念に、あふれていました。やがて、学らん汚しをやめて、今度は猛烈にわたしを殴り始めました。パンチをし、けっとばし、いままでみたこともないような恐ろしい顔をしてわたしに暴行を加え続けました。わたしは震えあがりました。わたしはやり返す勇気もなく、ただ、やめろよ、と弱弱しくいいました。すると「彼」は、「やめろよじゃないだろ、やめてくださいだろ」といいました。わたしは、顔を引きつかせながらそれでも、やめろよ、といいました。すると「彼」はさらに猛烈にわたしを殴りまくりました。「やめろよじゃないだろ、やめてくださいだろ」とふたたびおなじことを「彼」はいいました。
そしてわたしは---「や、やめろよ。---や、やめてよ。や、や・め・て・ください」
---この瞬間にわたしの中で何かが終わりました。
そして、この瞬間をもって苦悩の日々が始まったのでした。
これがわたしの暗くて長いトンネルのはじまりでした。
わたしは打ち負かされました。わたしは屈伏しました。わたしは隷属しました。わたしはわたし自身が虫けらになりうるということ、あるいは、虫けらになったということに驚きました。そして同時にわたしを虫けらほどにしかみない人間がいること、わたしを虫けらにまでおとしめうる人間がいることにおどろきました。
そして、わたしがなにより苦しかったのは一人の人間に、たった一人の人間にかくも踏みにじられ、ただひざまずくことしかできなかった自分自身に対する失望でした。
そこには「人間の尊厳」なるものはなにもありませんでした。プライドなんてものはなにもありませんでした。ただ強姦され、裸にされ、おびえているモノ以外のなにものでもなかったのです。
その当時のわたしにとってその事実は絶対的なものでした。絶望的なものでした。わたしは自分のあまりの気の弱さに失望しました。そして、この失望とともに、「彼」のわたしに対する全面的存在否定は完了したのでした。