01. 『デミアン』①:導入部

いじめトラウマを生き抜く方法

過去のいじめで苦しんでいる(いじめ後遺症の)あなたへ。いじめ後遺症うつ病者本人が、自身の、いじめ体験・いじめトラウマ体験・うつ病闘病体験について語ります。いかにトラウマを生き抜くかを考えます。いじめ自助グループ、トラウマ無料スカイプ相談など。

01. 『デミアン』①:導入部

ドイツ文学を代表する作家ヘルマン・ヘッセの作品『デミアン』を紹介します。『デミアン』に出てくる主人公のいじめ体験の描写はまさに「いじめ文学」の最高峰といってもいい出来映えです。素晴らしい文学的表現によって、「いじめの真実と人生、運命」というテーマへと読む者を引き込まずにはおきません。わたしはヘッセ自身のいじめ体験がもとにあるのだと確信しています。あなたはどう思うでしょうか?!これから『デミアン』のいじめ描写の主だっ部分を紹介してゆきますが、興味を持たれた方はぜひ全編を読んでみることをお勧めします。(以下、『デミアン』 (新潮文庫、高橋健二訳) からの転載となります。転載に当たり、日本文芸家協会より許可をいただいております。)

 

授業のないある午後―私は十歳を超えるか超えないころだった―近所の少年二人といっしょに私はぶらぶらうろついていた。そこへ大きい少年がやってきた。十三歳くらいの強い荒っぽい子で、小学校に行っている、仕立て屋の息子だった。彼の父親は酒飲みで、家族全体が悪い評判を受けていた。私はこのフランツ・クローマーをよく知っていたが、彼を恐れていた。いま彼が私たちの仲間に加わったのは、私にはおもしろくなかった。彼はもうおとなの挙動をし、若い職工の歩きぶりや物の言いようをまねしていた。彼のさしずのもとに、私たちは橋のたもとで河岸におり、手前の橋げたの下にすっかり隠れてしまった。アーチ型の橋壁と、ものうく流れている水とのあいだの狭い岸は、くずや、かけらや、がらくたや、さびた針金のもつれた束や、その他のちりあくたなどの集まりだった。おりおりそこで、役に立つものが見つかった。私たちはフランツ・クローマーの指揮のもとにそこら一帯をさがし、見つかったものを彼に示さねばならなかった。すると、彼はそれをポケットに入れるか、水の中に投げ込むかした。それから彼は、鉛、しんちゅう、あるいはすずでできたものがないかどうか、気を付けるように、私たちに命令した。そういうものを彼は全部ポケットに入れた。角製の古いくしも入れた。彼の仲間になっているのを私は非常に胸苦しく感じた。このことを父が聞いたら、父がこういう交わりを禁止するだろうということをわかっていたからではなく、私はフランツ自身を恐れていたからである。だが、彼が私を仲間に入れ、ほかの連中と同じように取り扱ってくれたのを、私は喜んだ。彼が命令し、われわれは従った。それは、古い習慣であるかのようだった。私が彼といっしょになったのは、これがはじめてだったにもかかわらず。

 

しまいに私たちは地面に腰をおろした。フランツは水の中につばを吐き、おとなのような様子をした。彼は歯のすきまからつばを吐き、どこにでも思いどおり当てた。話のやりとりが始まった。少年たちは生徒なりに、さまざまな武勇伝といたずらを自慢し大言壮語した。私はだまっていたが、だまっているためにかえって目立ち、クローマーの怒りを招きはしないかと恐れた。ふたりの友だちは初めから私から離れ、おおっぴらにクローマーの味方をしていた。私はその中では異分子だった。そして、私の身なりやしつけが彼らの反感をそそっているのを感じた。ラテン語学校の生徒としての、よい家庭の子としての私を、フランツが好くわけがなかった。ほかのふたりが、いざとなったら、私にそむき私を見捨ててしまうだろうということは、私は十分気づいていた。

 

とうとう私も不安なばっかりに話し始めた。私はおおげさな泥棒の話を考えだし、自分自身をその主人公にした。角の水車場のそばの果樹園で、ひとりの仲間といっしょに夜中にリンゴを袋一杯盗んだ、しかもあたりまえのやつでなく、レネット種や金色パルメネ種など、いちばん上等の種類のものばかりだった、と言った。私は一時の危機を脱するため、この話にのがれたのだった。作り話のくふうもおしゃべりもすらすらといった。すぐに話が終わってしまい、かえって困ったはめに陥らないようにするために、私は腕によりをかけた。ぼくたちのひとりは、相棒が木の中でリンゴを落としているあいだ、たえず張り番をしておらねばならなかった、そして袋があまり重くなったので、しまいにはまた袋をあけて、半分残して来なければならなかったが、半時間立ってまたやって行って取ってきた、と私は語った。

 

話終えたとき、私は多少のかっさいを期待していた。私はしまいにはあつくなって、自分の作り話に酔っていた。ふたりの小さい少年は傍観的にだまっていたが、フランツ・クローマーはなかば目を閉じて鋭く私の顔を見、おどかすような声で、「それは、ほんとうか」と、たずねた。

「ほんとうだとも」と、私は言った。

「実際にたしかにやったことだな?」

「うん、実際にたしかだよ」と、私は負けずに言いきったが、内心では不安のあまり、息が詰まりそうだった。

「誓うことができるかい?」

私はすくなからず恐れをなしたが、すぐに、「うん」と、言った。

「じゃあ、天地神明にかけて、と言え」

私は「天地神明にかけて」と、言った。

「じゃあ、よし」と、彼は言って、よそを向いた。

私は、これでいいんだと思った。そして、彼はやがて立ち上がって帰途についたとき、私は喜んだ。橋の上に来たとき、私は、もう家に帰らなくちゃならない、とびくびくしながら言った。

「そう、急ぐことはあるまい。おれたちは同じ道なんだ」とフランツは笑った。

 

ゆっくりと彼は歩き続けた。私は思いきって逃げ出すこともできなかった。彼は実際に私たちの家のほうに行く道を歩いていた。玄関の戸と太いしんちゅうのハンドルと、窓にさしている太陽の光と、おかあさんの部屋のカーテンが見えるところに来ると、私はほっとして深い息をした。ああ、わが家に帰るのだ!ああ、うちへ、明るい平和の世界へ帰れるうれしさ、ありがたさ!

 

(『デミアン』 作:ヘルマン・ヘッセ、訳:高橋健二)

 

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トピック⑤いじめの真実