「作品に見る」シリーズ第三弾では、米国の作家であるアンドリュー・ソロモン氏の著作『真昼の悪魔』(The Noonday Demon)から第十二章(最終章)「希望」をご紹介したいと思います。
ソロモン氏は自身、数年間にわたり重篤のうつ病に苦しんだひとです。この作品は彼自身の過酷な闘病生活の赤裸々な記述に加え、世界中のうつ病・うつ病者・治療法を取材して、それをこの作品に盛り込みました。このような広範囲に渡る取材を行ったうつ病に関する文献は他に類を見ないように思われます。
彼自身は一作家であり、医者や研究者ではありませんが、そういった専門家にもむしろ読んで欲しいうつ病に関するすぐれた文献だとわたしは思っております(残念ながら日本では余り読まれなかったようです)。
この作品は十二の章から構成されますが、その最終章のテーマが「希望」なのです。わたしはこの作品はこの「希望」の章を書くために準備されたのだと思っています。そしてこの希望章は、彼自身の経験した重篤なうつ病体験と世界中のうつ病者に対する膨大な取材によってのみ把握することができた「人生の真実」と、そこから開かれてくる「希望」の意味について打ち明けているのです。
この作品は著者自身のうつ病者に対するメッセージであり、同時に、彼が取材した世界中の真の苦悩と悲嘆を体験したひとびとからのメッセージでもあるのです。どうぞしばし彼らの言葉に耳を傾けてみてください。たしかにひどいトラウマを負って傷ついている今の貴方の苦悩をすぐに消し去ることができないでしょう。しかし心を動かされる何かがきっとその言葉達の中に見出せるはずです。
(出典は全て『真昼の悪魔』 第十二章「希望」 作:アンドリュー・ソロモン/訳:堤理華/原書房 転載にあたり原書房様からはご了承いただいております)
うつ病のあいだ、絶対に忘れてはならない大切なことがある。過ぎ去った時間は帰ってこないということだ。それは、災いの年月を埋め合わせるため、人生最後におまけの時間が付け加えられることはない、という意味でもある。うつ病がどれほど長い時間を食らいつくそうと、必ず永遠に去っていく。病気のために悶々と過ごしている時間は、二度と繰り返されはしない。どれほどきつく思えても、生き続けるためにできることなら、何であろうとしなければならない。たとえ息も絶え絶えに横たわっているだけであろうと、かまわない。待ち続けなさい。そして、全力を傾けて待ちながら、時間を過去にしていきなさい。それが、私がうつ病の人々へ贈る最大の助言である。時間にしがみつけ。人生を捨てようと思ってはならない。このままでは破裂するという時間に支配されていても、それはあなたの人生の一分一秒であり、二度と帰ってこないのだから。
(『真昼の悪魔』 原書房 堤理華訳)