わたし達は自分のトラウマに気づくことによって、はじめて、自分の傷を自覚し、それに対してどうしても「手当て」が必要であることを悟るのです。
手当とは、すなわち、トラウマの治療ということです。トラウマの治療は、自分ひとりではできません。
トラウマの傷は、出血の激しい深い切り傷のようなものです。かすり傷なら、自分で消毒して、ばんそうこうを貼って、手当しておくことができるかも知れません。
しかし深い傷、出血のひどい傷には、どうしても専門家に治療してもらうことが必要なのです。専門家とは、治療者のことであり、具体的には精神科の医師であり、心理カウンセラーのことです。治療という観点から言うと、薬物療法と心理療法のことです。
大切なことですが、深いトラウマの傷は、単なる自然治癒では治りません。自然治癒をあてにし続けることは、傷の放置に等しいことです。傷は放置しておくと、やがて膿んで腐ってきます。つまり傷が悪化していってしまうということです。だから適切な手当てが必要であり、また手当ては早ければ早いほうがいいのです。
こうしてわたし達は、このトラウマの問題を一人で解決することはできず、専門家(治療者)に援助を求める必要があるということを悟るのです。
優先順位としては、まず精神科の医師(薬物療法)にかかることであり、次に心理カウンセラー(心理療法)とつながることです。
傷のたとえで言うと、まず、傷には痛みが付きものです。痛みが治まらないことには、動くことも、考えることもできません。まずは痛みを抑えて、可動領域を増やし、心に少しでも余裕を持たせるのです。まず痛みを抑えることが先決なのです。
精神科の医師にかかるということは、傷の痛みを少しでも和らげるために、痛み止めを処方してもらうことを意味するのです。ここでいう傷の痛みとは、実質的には精神疾患系の症状群のことです。トラウマに原因をもつ精神疾患系の症状群のことを、「PTSD」といいます。
※PTSDにおいては、米国のDSMにおいて、症状による診断の基準がなされていますが、これは狭義のものとして考え、本サイトでは、トラウマに原因をもつ精神疾患系の症状群をまとめて(広義の意味の)PTSDと呼びます。PTSDの診断基準についてはまだ確立されたものではなく、ようやっと精神医学的にその存在を認められたところなのです。現実に精神科を受診してPTSDと診断されることはまずないはずです。さしあたり大抵の場合は、以下に示すようにうつ状態と診断されることでしょう。
PTSDは人によって様々な症状を呈しますが、そのすべての根底にあって、おそらく他の症状と同時に併発していると考えられるのが、「うつ状態」です。
うつ状態の主な症状は以下の通りです。
① 本能の低下(食欲、睡眠欲、性欲、社会欲)
② 気分の悲観的落ち込み(現実及び自己否定的思考)
本能の低下によって、身体的パワーを奪われ、気分の悲観的落ち込みによって、精神のパワーを奪われます。痛みの観点からいえば、身体的にも精神的にも、とにかく辛い・苦しい、ということになります。まずこのうつ状態という痛みを薬の力によってできうる限り軽減するのが、PTSDに立ち向かってゆくための第一歩です。これによって、わたし達は、起き上がることが可能になり、考える力を取り戻すことができるのです。この痛み止め処方、つまりうつ状態軽減のための抗うつ薬の処方は、精神科医(あるいは心療内科医)にしかできないのです。(病状がひどい場合には即入院ということもありえます。)
そしてある程度の痛みが緩和されて、パワーが出てきて、はじめて傷そのものの治療に進むことができるのです(傷の本体とは、現実理解のゆがみ及び深い自己否定感のことです)。
それに対応するものが心理療法であり、日本では、これは主に精神科医の担当ではなく、(有能な)心理カウンセラーが担当することになるのです。まず、精神科医に援助を求め、次には心理療法家に援助を求めるのです。
心理カウンセラーは、トラウマの傷の心理的側面全般を援助します。心理カウンセラーが提供しなければならないトラウマの心理的側面の治療の要点は、
① 傷口をふさぐこと(縫い合わせること)
→ 歪められた現実理解(認知)を修正することの援助
② 傷口に薬を塗ること
→ 正しい知識を体得することの援助
③ 安静にさせること
→ 安全安心な人間関係を提供する、と同時に人間関係のリハビリの機会を提供する
これらの心理的側面へのアプローチは、心理の専門家である心理カウンセラーの援助をどうしても必要とするのです。
薬物療法及び心理療法における、トラウマ治療の最終目的は、究極的な意味での歪んだ現実理解(を修正すること)、つまり自己否定感覚(信念)を修正し(改心させ)、健全な自己愛、つまり自己肯定感覚を取り戻す(確信する)ことにあるのです。それは別言すれば、自己の運命を受け入れ、この現実をゆるせるようになるということです。
繰り返しになりますが、大切なことは、こうした治療を受ける必要があるということに気づくことなのです。何度も言うように、いじめトラウマを独りで仕舞い込んでいても、それはトラウマの放置であって、トラウマは決して自然治癒では治らないといことであり、したがってトラウマから回復するためには、他者に治療の援助を求めなければならないということなのです。
トラウマの真っただ中にある人は、自分がトラウマによって侵されていることを自覚できません。ただ自己否定感(自分が悪い、自分はダメだ)によって自己をさいなまれるのです。
しかしもしあなたが、トラウマに気づくことができたのなら、他者に援助を求めてください。治療者とつながってください。治療者は治療の専門家です。あなたの味方です。トラウマの痛みに関して、あなたの味方を作ってください。秘密は守られます。だから勇気を出して、トラウマの回復のために援助を求めてください。
※心理療法に関しては、有能な心理カウンセラーにかかるのがベストなのですが、カウンセリングは、現行ではお金がかかり、長期間にわたって受け続けるのは、多くの人にとっては現実的に難しいところがあります。そこで現在多くの精神疾患者が利用しているのが、集団心理療法の一つとなる、自助グループへの参加です。個人カウンセリングが難しい場合は、自助グループを利用してください。自助グループに関してはまたあとで紹介します。
トラウマの苦しみと一人で戦うのはあまりにも過酷です。精神科医で無くてもいい、カウンセラーでなくてもいい、とにかく人の援助を自分は必要としているということを知ってください。この章ではトラウマの治療に焦点をあてて、他者に援助を求める必要性を説明しましたが、実際には上に挙げた専門家や治療者でなくてもいいのです。とにかくまずは他者に援助を求めてほしいのです。
のちほど紹介するように無料の相談窓口や無料電話相談などのサービスもあります。まずはそんなところからでもいいので、おのれの苦しみについて、自分の言葉で、他者に伝えるということをやってみてください。(実はそれだけでも治療効果や痛みの緩和につながるのです)