24. 闘病生活⑥・・・経緯

いじめトラウマを生き抜く方法

過去のいじめで苦しんでいる(いじめ後遺症の)あなたへ。いじめ後遺症うつ病者本人が、自身の、いじめ体験・いじめトラウマ体験・うつ病闘病体験について語ります。いかにトラウマを生き抜くかを考えます。いじめ自助グループ、トラウマ無料スカイプ相談など。

24. 闘病生活⑥・・・経緯

こうして僕は悩みに悩んだあげく「休学」しようと思いました。

 

そうして自分の気持ちがはっきりしたら、今度は周りの人にそのことを告げなければなりませんでした。

 

まず親にそのことを告げました。とっても辛いことでしたが、僕にはそうするより他しかたなく、両親の前でひざをついて、

「大変申し訳ありませんが、休学させてください」と言いました。

両親の方はある程度予感していたらしく、すんなりOKと言ってくれました。

 

次に哲学科長に「休学」の話しに行きました。哲学科長は「休学」についてはあまり肯定的ではありませんでした。僕は休学しても、元気のある時は授業に出させてもらうつもりだ、と言うと、「それならば休学しないで少しでも授業に出て来年の為に単位を取っていた方がよいのではないか」と言われました。

 

しかし僕はこう思いました。つまり、どんなに4年間で卒業できても、ちゃんと勉強できないのでは意味はないと言うことです。

 

いんちきをすれば(※)うまく4年間で卒業できたかも知れません。しかし、僕にとっていんちきして卒業したって、そんなことは何の意味もないのでした。僕が勉強できるのはこの大学4年間しかないのです。それがそのうちの2年間無駄になってしまうことなど耐え難いことでした。大学4年間しかないからこそ、その4年間は、精一杯最大限勉強したかったのです。

 

(※)「いんちきの勉強」というのは、当時のぼくとしては、手を抜いて勉強すること、単位をとるためだけに勉強すること、というようなことを指していたのだと思います。

 

以上のように僕は思ったのです。学科長は休学したためにかえってダメになってしまう学生がいることを心配していたらしいのです。しかし最後には「下村君が決めたことなら、それはちゃんと手続きをすれば実現するよ、でももう一度考えてみて」と言ってくれました。

 

この学科長との面談で、僕の決意には一抹の不安が残りました。

 

そして次に小林先生のところに行きました。小林先生もできるだけ「休学」しない方がよいという考えでした。最後に伊藤先生にもそのことを伝えました。伊藤先生もとりあえず「休学」しないで、どうしてもダメだったら、その時「休学」してはどうかと、言ってくれました。「休学」してしまうと、目標がなくなってしまい、かえってダメになってしまうのではないか、というふうに心配してくれたのです。

 

こうして相談しなければならない人にすべて「休学」のことを話したのですが、親を抜かせば、他の全ての人は休学には肯定的でありませんでした。それで僕の「休学」の決意は、ゆらいできました。「目標がなくなってしまうのでは」、「かえってダメになってしまうのでは」などと言われて、なんだか不安になって行きました。

 

しかし、さらにもう一つの不安が出て来ました。それは、僕は休学しても授業には出たいと言いましたが、休学してしまうと僕のことだからもう大学にはいけなくなってしまうのではないかという不安です。そうでなくても、キャンパスを歩いているだけで、外界との違和感、疎外感を感じてしまうのです。僕はここにいていいのかという疑念が押し寄せてくるのです。それが休学などしてしまったら、ますます大学に行きにくくなるのではないか、という不安が起こって来たのです。

 

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